支那の弁


 “sina”与“支那”
 为什么小日本叫我们支那??
 对“支那”一词解读与分析 - 绿帆博客

 支那が本来雅称だということについてはかなり周知されているようなのでここではふれない。
 支那という言葉をめぐる物語には実は既に決着がついていて、終戦後に外務省が「支那」をつかうなという通達をだしている。だから一般人は支那なんてつかわなくていい。
 以下筋論ではなくて、結果論になるが、少国民世代までならともかく、それ以降の戦後世代にとって、支那という言葉は日常的には使われておらず、支那という言葉は避けるべきもの=蔑称という雰囲気のなかで成長したはずである。また、昔の本を読む人間は常に少数であるから、その世代で支那ということばを選択する人は変りものと見てよい。そして、支那という言葉が回避された結果、蔑称としての意味だけが残ってしまった。今となっては、嫌中的な人がよく使う特殊用語となってしまってますますこの言葉の地位が落ちてしまっている。
 さらに反日の人たちにも「支那は蔑称」という認識が広まっている。おそらく彼ら自身が小日本と言ったりするのと同じだと思っているんだろう。つまり今は両方の右翼がピンポン玉のように支那という言葉の地位を落としているのである。

 さらに困ったことだが、戦前一般につかわれた支那は今でいうところの中国と同じ意味であった。漢族がたくさん住んでいる地域としての意味でつかわれていたわけではない。そもそも一般人が外国の事についてそんな細かい区別をして使うわけがない。
 この言葉の地位の回復はなかなか難しい。しかし、支那という言葉自体は由緒あるものだから、いつかまた復活することもあるかもしれない。
(2008/08/03)

では、「支那」とは何か。

 明治の始め、西洋の概念や事物がさかんに翻訳されて輸入されたが、その一つである。日本人は西洋の概念を輸入する際、今のようにカタカナで表記するのではなく、漢字をつかって当てた。chinaに対しては支那が選ばれた。たとえば、明治初から広く読まれたパーレー氏万国史なんかでは、支那は韃靼と西蔵に囲まれた地域として紹介されている。それによってそれまでの元明清というような枠組みとちがう世界観を学んだのである。ちなみに漢語(漢字で構成された言葉、汉语とは別)が日本語のなかで大量につかわれるようになるのは近代の現象であり、このころ翻訳された"新漢語"は日本はもちろん、現代中国でもつかわれている。たとえば「人民」「共和国」、これみな日本で当てられた訳語だ。支那という言葉自体については明治以前からあったのは言うまでもない。「人民」「共和」についてもおなじで、似てはいるが違う概念の漢語を "people" や "republic" の訳語に当てたのである。
 うそだとおもう人は国会図書館の近代ライブラリで明治初期の歴史書、地理書を読めばよい。支那が根本的にダメな言葉だとおもっている人は昔の本を読んでない人だ。
 それに当時の日本の知識人は漢文(支那文語文)を常識として読めたので、中国という言葉は固有名詞として妥当であるとは思えなかった。語感としては、昭和戦前期の日本で皇国と言っていたようなものに近い(意味は当然違うが、使いかたや語感が近い)。中国という言葉自体、固有名詞化するのは20世紀になってからの現象である。

では、なぜ支那をいやがる人がいるのか。

 これは名分論であるとしかいいようがない。現代中国では満洲と言う言葉を避ける。だから満洲族も満族と言う。略称ではなく、公式な名称として、満族と呼ばれるのである。日本が満洲につくったあの国は偽満洲国と、必ず頭に偽をつける。また日本に対しては小日本と必ず小を頭につける(これは公式ではないが、日常的によくつかわれる)。民国の頃の事でも偽国民政府と言うような言いかたもする。一つの中国というのも同じ現象で、台湾の頭に中国をつけようとする。そういう姑息な言い換えをしたところで物事の本質は変わらないのだが、そういう政治的な立場の表明が大事な文化なのだからしかたない。
 そのうらがえしで、支那と呼ばれることに我慢ならない人がいたのだろう。たしかに、民国成立後、日本が中華民国をそのまま用いず、the Republic of china を翻訳して支那共和国としたのは、やりすぎの観はあるが、当時の日本はそれだけ中国を外国として認識しようとしていたということだろう。
 ちなみに、日清戦争後の清国留学生の一部に清国人と呼ばれるのをいやがり支那人と自称した人たちがいたのもまたこれは名分論である。だから彼らは清と呼ばずに満清などと呼んだりしていた。彼ら自称支那人が現代の中国人意識の根源のひとつであり、中華民国建国の原動力となったのは歴史の皮肉のひとつであろう。
 そんな名分論に日本がふりまわされる筋あいはないのだが、結局のところ日本は敗戦国だからしかたない。それに漢字を使うので、彼らに読めるというところも大きい。漢人は言葉が通じたり、読めたりするともうそれだけで同じ漢人仲間とおもったりするところがある。それが不幸のもとなのかもしれない。残念なことに日本は漢人のように人間の序列をつねに気にするような礼儀の国ではない。それだけでも礼儀しらずなのに、国名をわざわざ言いかえるとはますます怪しからんということになるのだろう。さらに、民国史をみればわかるが、民国史の一面は日本による干渉の歴史である。中共の正統性は抗日で保証される。そんな歴史があるから、支那という呼称は名分論的にますますまずい。要するに「中国舐めてたから支那と呼んでたんだろ」という理解がなされやすい。

では、なぜ日本の戦後、支那が蔑称であるという雰囲気が支配的になったのか。

 まぁ、外務省が回避したから上にならえで回避して差別語になったという筋もないではないが、急に支那という言葉がつかわれなくなったわけではない。
 おなじ話題を持つ地域に朝鮮がある。朝鮮は蔑称であると言うのだが、北に朝鮮を国号に戴く国があるのだからしまらない。おそらくそっち方面の人が朝鮮は蔑称と言うことの補強として、支那は蔑称と言いたてたんじゃないか。しかし、北朝鮮あるかぎり、朝鮮の問題に関してはただの南北の縄張りあらそいにしかならないが、支那については他に競合相手がいないので、蔑称として定着したのだろう。と言うと最近の嫌韓風味になるので、戦後の昭和というのは差別語とされた言葉が徹底的に排除され譴責された時代だったということだけで十分だろう。

 朝鮮以外にもこういう名分論のあるところはある。ミャンマーだ。
 ミャンマーの軍事政権は英語名をビルマ(Union of Burma)からミャンマー(Union of Myanmar)に変更した。実は自称はもともとミャンマーだったのだが、英語名ではビルマと呼ばれつづけたのである。ではなぜビルマという英語名が続いたかというと、ビルマは大英帝国の一部としてビルマだったからだろう。人権団体とかは軍事政権による国号変更うけいれがたし、としてビルマと呼びつづけているらしい。ただしこれは国号問題である。まぁ、実はビルマがその地域を代表していいのかという問題もある。(日本語のビルマはオランダ語由来らしい)
 自称と他称が大きくちがうところなんて他にもたくさんあるが、あんまり知られていない例としては、インドがある。インドのヒンディー語での国号はなにか知っていますか?正解はバーラト。マハーバーラタというのを知ってますか?あのバーラタ。

支那のよびかえとしての中国はただしいのか

 国号の上で直接変換するなら中華がただしいのだろう。日本人は既に漢文(支那文語文)の知識を喪失していると言ってよく、漢字は記号になりつつある。中華とよぼうが中国とよぼうが、さしつかえないとおもう。
 外国語としての中国を認識するなら、チョングオとかチョンクオとか表記するのもアリだ。 (2008/08/11)(2008/09/05追記)