(2009/12/26)

70回本結末

 金聖歎が120回本の108人勢揃いで「腰斬」し、そのかわりにつけたした結末を訳出します。いわゆる「梁山泊英雄驚悪夢」です。水滸伝の続書の多くは70回本に接続しますが、その冒頭はだいたいこの結末のつづきからはじまるので紹介しておきます。金聖歎の評(コメント)つき。
(百八人勢揃いの宴会の場面のあとから70回本の結末が始まる)
 その夜、盧俊義は帰って寝床で眠り、夢をひとつみた。晁蓋ら七人は夢ではじまり、宋江盧俊義ら百八人は夢でおわる。大きな構成だ。
 夢にある人がでてきた。身長がとても高く手に宝弓をもって言うには、「私は嵆康だ。張叔夜を暗示した文字だ。うまい! 大宋皇帝のために賊をとらえるということで、ひとりでここにやってきた。おまえらはさっさとおのおの自分で縛につけ!わがはいの手をわずらわせるな!」
  夢のなかでこれを聞いた盧俊義は怒りが心の底からわきだし、朴刀をつかんで大股でかけより、ただちに切ってすてようとしたがきりつけられない。そもそも刀の先がすでに折れてしまっていたのだ。めでたいといっていい 盧俊義はあわてて折れた朴刀をすて、また刀掛けにむかい選びだそうとしたが、たくさんの刀槍剣戟は欠けているのもあり、折れているのもあり、みな壊れていて、一つもつかえるものがなかった。本当にめでたい
 その人ははやくも背後にかけよっていた。盧俊義はどうしようもなくとりあえず右手でなぐりつけてみたが、その人の弓のただひとふりで 盧俊義の右腕は早くも折られ、地に倒れた。その人は腰の縄をほどき、 盧俊義をきつくしばってひとかたまりにし、あるところまでひっぱっていった。
 そこには、どまんなかに公儀の机がおかれ、その人は南を向いて席につく。 盧俊義はその建物の前におしだされ、まるでお白洲のようである。門外から無数の人の泣き声が地を震わせているのがただただ聞こえてくる。その人は大声でよばわった「話のあるやつは皆中へはいってこい!」すると無数の人が一斉に泣きながら膝まづきながらはいってくる。 盧俊義がみれば、皆縛られているその人達は、なんと宋江ら百七人であった。うまいうまい
 盧俊義は夢の中で大いに驚き、段景住に問うてみた。「これはどうしたことだ、だれにつかまってここまで送られたのだ」段景住はうしろのほうにいたので、 盧俊義の近くだったのだ。低い声でこたえるには、「哥哥(あにき)は員外がつかまったのを知り、すぐに救い出す手立てがおもいつかず、軍師と相談した結果、この苦肉の計以外に策がないということで、朝廷に帰順を願い出、員外の命をたすけることをねらったのです」そう言いおわらない間にその人が机を叩き、罵りだした。
 「万死に値する狂賊め!おまえらは天にとどく大罪を犯した!朝廷は何度も捉えに向かったのにおまえらは公然と抵抗し無数の官軍を殺した!今日は尻尾をふって憐みを乞いに来、処刑から逃れようという腹のようだが、私が今日おまえらを赦免してしまったら、これから先いかなる法をもって天下をおさめることができようか!不朽の名論だ。続伝が招安した謬りを論破できる ましてや野獣のような野心を持つおまえらを信用することができるか!不朽の名論だ 我が処刑執行人よ!でてこい!」
 言う時遅くかの時速く、ただ一声命令くだるや、脇から蜂のようにとびだしてきた処刑人二百十六人が、二人で一人にあたり、宋江盧俊義ら百八人の好漢を、建物の前で一斉に斬に処した。本当にめでたい
 夢の中で 盧俊義は魂が体から抜けでるほど驚き、かすかに目を開けて建物の中を見た。そこには一つの額がかかっており、四つの青字でこう大書してあった。「天下太平」本当にめでたい。古本の水滸はこうであった。俗本はみだりに改竄している。まさにいわゆる「愚にして自用を好む(愚かなのに自分の才能をたのんで万事処理したがる)」というやつだ
(あと詩がふたつあるが略)
夢オチ!
金聖歎の評はこの調子で全編についてまわってきます。ウザイですね。でも人によればこういうのがないとおもしろくないらしい。テレビで笑いの声やBGMがあるのに慣れると、それが無いとテレビがみれなくなるようなものか。
嵆康は字が叔夜で、宋史にて宋江を招安した張叔夜の字は嵆仲なのでうまく掛けたつもりらしい。
「吉祥文字」は「めでたい」、「妙」は「うまい」と訳してみた。
最後に古本といっているのは、金聖歎は自分のつくった水滸伝を、いま世間にながれている本(俗本)より古い本当の施耐庵の本(古本)だということにして出版したから。つまりこの70回本のこと。続伝といっているのも、招安編はその古本の水滸伝にはなかったつけたしということだから続伝といっている。「愚而好自用」は『中庸』からの引用。金聖歎は自分のことを棚にあげてよくそんなこと言えるものです。
(底本は古本小説集成の『第五才子書水滸傳』いわゆる貫華堂水滸伝)
(2009/12/28修正)
水滸伝袋